新説!日本の歴史

パラダイムの観点から維新以降の歴史を振り返る(科学史的歴史観)
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2. 江戸と明治の体制比較

―江戸時代―

1、農家

 「生きかはり死にかはりして打つ田かな」(村上鬼城)―最も大事なものは、流通基準である米を生み出す“土地”(家産)です。その土地を守るために家の存続が大事であり、その家を守るために社会的血縁関係をつくる風習すらありました
(取り上げ親、名付親、烏帽子親、兵児親、かねつけ親、腰巻親、仲人親、ワラジ親、寄り親…)。
 農村は、相互扶助の共同体組織として存立していたのです。また、男女が協働する農業という性格上、父権がそれほど強いわけでもありませんでした。

2、商家

 最も大事なものは、“のれん”(家業)です。不良経営者追放の規定があり、血縁にはこだわっていませんでした。

3、武家

 生産手段と家が密着していない武家にとって最も大事なものは、“名”(面目)です。汚名を着て生きてはいけない、いずれお取り潰しになるなら、と名を残すために一族滅亡の道を選ぶことすらあったわけです(「安部一族」)。



 いずれにせよ、江戸時代は、安定が続いて長子相続が一般的になった武家以外は、姉家督相続、末子相続、選択相続など、いろんな相続形態がありました。
 手段が多様化したのは、第一の目的が家産や家業を守ることにあったからです。
 日本人が、第一義的に「お家大事」だったわけではありませんでした。

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