新説!日本の歴史

パラダイムの観点から維新以降の歴史を振り返る(科学史的歴史観)
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1.うたげの後

4、ポリシーと社会の仕組みの関係

■ここで、江戸と明治のポリシーとシステムの比較をして見ましょう。
江戸 明治
ポリシー 農は国の本なり、農は納なり 「殖産興業」 国主導の工業立国
ビジョン 身分制武家社会 天皇制家族国家
システム 徳川幕藩体制 中央集権官僚国家体制
手段 「武家諸法度」 「富国強兵」 植民地型工業立国
統治ノウハウ 百姓は生かさず殺さず 依らしむべし知らしむべからず

@明治のポリシーとは「国主導の工業立国」です。
  (江戸のポリシーは、「農は国の本なり」です)

Aそのポリシーを体現するビジョン(国の姿)は「天皇制家族国家」(システムは「中央集権官僚国家」)です。
  (江戸のビジョンは「身分制武家社会」、システムは「徳川幕藩体制」です)

Bそのビジョンを達成するための手段は「富国強兵」です(つまり、「植民地型工業立国」)。
  (江戸の手段は、「武家諸法度」による厳罰規定、参勤交代など軍役の立法化。

C民衆を統治するキーワードは、「依らしむべし知らしむべからず」―情報を統制し、権威に服従させることが基本です。
  (「慶安御触書」(1649)に百姓のなすべき事やってはいけない事が細かに書かれているが、その基本精神は「百姓は生かさず殺さず」)



 さて、ここで質問です。
 敗戦により、新たなポリシーが提示されたでしょうか?

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