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| 「おう、久しぶり」 1997年の暮れ。久しぶりに、唐突にその男から電話が来ました。 96年の3月。私が友人代表として祝福を述べた大学時代の親友でした。 そろそろ子供の話でも、と思いきや 「実は、大変だったんだ…」 手術し、入院していたといいます。 その声の様子から、まだ体力が回復していない様子が伺われ、大変さが実感できました。 しかし、来年東京に転勤になることを告げると、彼は喜び、 「じゃあ、東京で飲もう」 そう言って切れました。 あえて病名は聞かず、もう恢復に向かっているんだろう― そう、思いました。 年賀状が来ました。 『東京での再開を楽しみに』 そう、書いてありました。 私は、自分の棚卸しのため、それまで書き散らしていたものを整理するように、1997年の晦日からパソコンに向かい始めました。 会社から帰ってどうにか一息つき、寝る前の10:00〜12:00の間、とにかく10分でも1時間でも2時間でも、書く気力があれば書き続けました。土日もつぶしました。 その最中の1月18日。8時半。大学の講師をやっている友人から電話が入りました。 「○○が、亡くなったんだ」 わずか2年前に友人代表として祝辞を述べた私が、友人代表として弔辞を述べることになりました。 葬儀場で、札幌から来た友人と少し言葉を交わし、私は、ご親族と向き合う形で着席しました。 読経が流れ始めました。 「ご唱和下さい」 確か、そのように言われたと思います。 その瞬間、泪が滂沱と溢れてきました。 眼をきつくつぶっても、閉じた瞼から大量に溢れてきます。 堪えようとした口が、どうしようもなくへの字に曲がりました。 私が弔辞を述べる番でした。 棺の前に立ったまま、こみ上げる嗚咽で、しばらく声が出ません。 全身に力を込め、搾り出すように声を押し出しました。 途中で、何度も何度も、思いが溢れて止まらざるを得ませんでした。 その都度、大声で声を絞り出しました。 泣きながら、途切れ途切れに喚いていた…それに、近かったかもしれません。 私は、彼に 自分の決意を述べました。 私が、新たな人生に向けて第一歩を踏み出すことを誓った初めての相手、それが彼でした。 |