■私が「あなたの子どもを加害者にしないために」を書くに至った経緯
この度ご縁があって寄稿させていただくことになりました。
「あなたの子どもを加害者にしないために」(生活情報センター 2005/8)を書きました中尾英司と申します。
本書は、少年Aが透明な存在にならざるを得なかった理由、そして、どのようにして「酒鬼薔薇聖斗」が彼の心の中に生まれたのかについて解き明かしたものです。システムズアプローチの観点から問題を捉え、交流分析を用いて分析しております。
本の概要にいく前に、先ずは私がなぜこの問題に取り組むことになったのか、その経緯を自己紹介がてら述べさせていただきます。(以下、ドキュメント風に)
1997年。私は模索の中にいた。
高校のとき「四十不惑」を知った時から、「よし、四十になったら惑おう」と思っていた。
その「人生の正午」の40歳が、翌年に迫っていた。
4月のある日、「働き盛りの悩み相談も急増」というタイトルにひかれ、新聞に目を留めた。
「へぇー、こんな仕事もあるんだ」−そこで初めて「産業カウンセラー」という言葉を知った。
後日本を買い、そこに乗っていた住所に電話して会員登録し、当時住んでいた静岡で部会の総会があると聞いて早速出かけた。
いろんな人の話しを聞いてみたいと帰り際に喫茶店に誘った数名の中にお坊さんがいた。
オウム真理教の総本山があったところに住んでいた彼は、若者を惹き付けることのできない=心の拠り所となることのできない"旧"宗教の不甲斐なさに比し、脱カルトなどで脚光浴びていた"カウンセラー"とはなんぞや、と乗り込んできたのだった。
その彼が持っていたのが、世の中を震撼させた「少年A」の写真だった。
その写真を見た女性が話をした。近所にごく普通の子がいた。その子は、猫を非常にかわいがっていたのだが、ある時壁に投げつけて殺してしまったのだという。 「今は、そういう人達が社会に出て、普通にその辺を歩いている」 と、気味悪そうに言ったのが印象に残った。
一方で、私は新聞記事から気になった事件を記録し続けていた。
「改正民法」「教育基本法」「労基法」など、工業化社会を形成するための基本的なレールが敷かれた1947年。それから50年後のこの年、行きすぎた「分業」(=隔離)と「競争」によるあらゆる問題が事件となって噴出していた。
自殺者まで出した野村・一勧事件、殺人まで起こった山一事件、「経営の不在」と言われた動燃事件…名だたる企業の不祥事は、その象徴だった。「会社の常識は世間の非常識」などと言っているうちはまだいい(?)が、当時は、"会社の常識"で「組織犯罪」が行われていた。隔離空間で出世の階段を上る競争を押し付けるカイシャという組織は、当時裁判が開始された新興宗教に構造がよく似ていた。そう、カイシャも「サティアン」なのだと思った。
その年の暮れから私は猛烈に書き始めた。
会社から帰ってどうにか一息ついて寝るまでの間、15分でも2時間でも、書く気力がある限り書き続けた。土日もつぶして2ヵ月。憑かれたように本1冊分を書き上げた。
そこには、維新以降の時代の価値観、社会システム、それらが現代に及ぼす影響や社会問題、特に地域と家族への影響、両親が自分に押し付けてきた価値観、自分と家族の関係、今後の社会変化の予測、会社の行方、必要とされる人間像等々…自分の来し方、行く末を見つめる壮大な棚卸しとなった。
そして、「感情(気持ち)」を大事にする必要があることを知った。
40歳。
カウンセリングを学び始めた私は組織改革のプロジェクトに抜擢され、公私共に多忙を極めた。
大企業病の中で強烈なパワハラに遭い身動きが取れなくなっていったとき、私はカウンセリングのロールプレイで気持ちを吐き出すことで救われていた。
ある時、自分に深い気づきあがり、会社と対決してそのプロジェクトを私が率いることになった。
それからはカウンセリングの手法をプロジェクトマネジメントに応用していった。
敵対する組織を結び合わせ、相手を受け止めることにより抵抗勢力を味方に変え、アクティブリスニングで逃げ腰の改革メンバーのやる気に火をつけ…、そして、4年に渡る「ITを用いたBPR」は成功裡に終わった。
プロジェクト終了後の2002年。
私はビッグサイトのチェンジリーダーフォーラムの会場にいた。チェンジリーダーにスーパーマンを求める識者。一方、事例発表では「日本でチェンジリーダーは成立するのか?という疑問が湧いている」という発言。理想と現実のこのあまりにも遠いギャップに、このままでは日本は元気になれないと痛切な危機感を持った。
ここに借り物ではないミドルアップの日本型の方法論がある。
自分の体験を世に出しシェアしたい。
私は退職の決意をし執筆に取り掛かった。
何があってもいいように後任の育成もしていた。
相次ぐ難敵、組織の壁、心の壁をブレイクしていく実話に日本経済新聞社が感動してくださり、「実用企業小説」という新分野まで立ち上げる思い入れで、退職半年後、『あきらめの壁をぶち破った人々』(2003/11)が世に出た。
『読む「プロジェクトX」か、それとも日経版「島耕作」か? 』と評され、「組織改革の語り部」として企業や自治体での講演も行うようになった。
いろいろな方と接して話しを伺ううち、会社のマネジメントがますます混迷を深めていること、そのしわよせが家庭にいっていることを痛感。相談を受ける中、ニュースを見る中、そして身近に散見する中で、「家族が壊れている」ことを感じた。不安を象徴するかのようにミスターチルドレンの『タガタメ』という歌が流行っていた。
その社会不安のシンボルかのような少年Aが社会復帰するに当たり、「少年Aは先天異常だった」というレッテル貼りがなされようとしていた。この7年間、彼の「心の闇」が解明されなかったことが、Aは特殊と決め付ける背景となっていた。専門家の本の中にもそのような記述を発見した時、痛烈な危機感を持った。
Aを特殊と決めつけることによってこの問題はけりをつけられ、私たちが自分の生きる姿勢を見直すチャンスを失ってしまう。Aと同じように親から追いつめられた被害者を出し続け
ることになってしまう。 少年Aの問題には、家族と地域そして時代の価値観の問題が象徴的に現れている。
書くのは自分しかいない―そう思って取り組んだのが『あなたの子どもを加害者にしないために』だった。
… 経緯が長くなってしまいました。
この本には、
愛情が支配と被支配の関係にすり替わるメカニズム、
親が子どもを追いつめる「信念の罠」、
共感力に乏しい親が陥る「心理的ネグレクトの構造」、
子どもを操り人形にする「ダブルバインドの構造」、
子どもを成長させない「家族カプセルの構造」、
良かれと思いつつ子どもの生きる力を奪ってしまう「お膳立て症候群」など、
子どもを追いつめる親の諸相が書かれています。
また、家庭と学校がどのように連携すればいいのか、どのような地域が住みやすいのか、その事例も書いておりますので活き活きした地域創りの参考にもなると思います。
前作は会社の問題。
今度の本は家族の問題でした。
直接のテーマは「組織改革」及び「少年A」という突出したものです。
が、共通しているのは「組織(会社、家庭)における個人の自律」の問題です。
前作でも今度の本でも、組織に依存してコミットしない人間の「無作為の罪」が隠れた最も大きな問題でした。メッセージは、「男性よ、会社からも家庭からも自律せよ」ということです。
自分が家庭と会社の狭間で苦闘してきたので、よくわかります。
だからこそ、自律のノウハウを学んでほしい。
いずれも、男性諸氏に是非読んでもらいたい本です。
尚、次号から子育てに応用する交流分析事例をご紹介させていただく予定です。
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