■ある社員研修での「奇跡」
企業や自治体に依頼されてコーチング&ファシリテーション研修を行っている。
コーチングもファシリテーションも、その最終目的は個々の能力を引き出すことによる組織の生産性の最大化(組織の活性化)である。つまり、そのスキルはチームマネジメントに活かされなければ意味がない。
実戦に活かすためには頭で理解するだけではなく身体で覚える必要があるため、短くとも4時間程度のグループ・ワークショップとなる。これにケーススタディがつく1日コースになると、理論・体験・事例の3つがセットとなって完璧だ(笑)。
さて、実はワークショップで出すグループ討議の課題は、それそのものが組織の活性度を見るリトマス試験紙になっている。個人の価値観を出さざるを得ない「正解のないテーマ」であるため、交流分析的に言えば、人によって下記の自我状態のうちのどれかが過度に刺激され個性が際だってくる。つまり、外から「その人」がとっても分かる(見える)課題なのだ。
CP(Critical Parent) 批判的な親
NP(Nurturing Parent) 養育的な親
A (Adult) 冷静な大人
FC(Free Child) 自然な子供
AC(Adapted Child) 抑圧された子供
ある組織で研修を行ったときのこと。 集団全体で見ればACの特徴があった。
つまり、感情の抑制・他人の期待に添う努力・規律・いい子・穏便・波風立てず・我慢・妥協・忍耐・主体性の欠如・依存的・自縄自縛・消極的・慎重・上目遣い・長いものに巻かれろ…そして、抑圧された怒り。
上意下達型の組織によく見られる集団特徴であり、この組織がCPの強い組織であることが分かる。
このように、課題への取り組み姿勢を見るだけで「組織の健全度(健康度)」が見えるので面白い。
さて、こののりの悪いACの組織が、たった1日で見事にFCの組織へと変化していった。
私にも"想定外"の思いもよらない変化だった。それを起承転結で見てみよう。
【起】----------------------------------------
受講者は、予めできている4つの島に自由に座った。研修が始まると番号を順に言ってもらい、改めて4つのグループに編成し直した。レクチャーを終え、ワークショップを始めた。島を崩すことが出来るかどうかがポイントの一つだったが、崩すチームはなかった。ペアで話をするときも、部屋中にランダムに散って話をするわけでもなく机の周囲から逸脱しない。なるほど…「禁止令」の中で上を気にして生きている。どこかで「許可」を与えていかなければならないなぁ…そう、感じた。
【承】-----------------------------------------
この集団は、先ず導いて体感させる必要があると思ったので、休憩後、第2ラウンド開始の時に最初の「許可」を与えた。
「今度は、机を外して椅子だけでやってみましょう」 −おまけをつけた。
「課題を置く椅子を真ん中に置くのもいいかもしれませんね」
課題を床に置くと、皆下を向いて互いの顔が見えにくくなるからだ。
そして、全体をNP+FCで導いていく。ACの組織はとても慎重である。
どこまで本音を出してよいのか、研修が始まってからずっと講師の言動をそれとなく観察している。
安心できそうだと分かると少しづつ本音が出てくる。
そして、グループ発表の時、あるグループから次のような発言が出た。
「研修の意図が今ひとつわからない」 おぅ、ようやく出てきたね〜♪ つっこんで聴いてみた。
「"人を選ぶ"というテーマなので、リストラのことを考えているのか…」
おや、このテーマから、そういうあらぬ心配をしていた訳ね〜。こう深読みしてしまう背景には次のような積年のオリがある。
1,研修とは会社が何らかの目的を持って社員にやらせるものである
2,自分たちは、会社のために知識やスキルを得て、それを仕事に活かさなければいけない
だから、おかしな(笑)テーマを与えられると、1が分からず2の成果につながらないためにイライラしてしまうのである。学校教育以来、正解のあるテーマしか与えられていない。かなり、組織に順応した子どもたち(Adapted Child)だ。病は深い―そう、感じた。
【転】-----------------------------------------
一通り終わってワークショップの解説に移った最初に言った。
「すべての研修は自分の成長のためにあります」
「今日一日過ごしたことで、明日自分が成長していればそれでいいわけです。せっかく人生の1日過ごすわけですからね〜。仕事も同じ。自分が成長するためにすればいいのです」
「そして、成長するかどうかを決めるのは自分です」 そして、机のことも解説した。
「与件としてあるものに人は縛られがちです。無意識にそこに固着してしまいます。でも邪魔だなぁと思ったら外してしまえばいいんです。自分の思いで行動していいんです。人の世に変えられないものはありません。この組織のルールや制度も同じ。おかしいと思ったら変えていけばいいんです」
解説が終わって休憩後…激変した。
【結】-----------------------------------------
部屋に入った瞬間、「え?」と思った。空気がしまっているのだ。
背筋がピシッと伸びて心地よいテンションを感じた。私は、自分が行った組織改革のストーリーを語り始めた。
「これが、あのやや斜に構えていた集団か?」
あれだけバラバラだったベクトルが揃っているのだ。真剣に聴いているのが分かる。
それを肌で感じながら、私は話を続けた。
やがて、一枚岩になった会場全体が呼吸を始めた。
笑いが漏れる。笑顔に無理がない。
「人の顔」に戻っている。
自然な笑いが波のように伝播する。
皆がオープンになり、つながりあっている。
ACの防御壁がなく、一体となっている。
機械仕掛けの集団が生命のリズムを刻み始めた。
命を吹き返した!
今や、会場全体がぬくもりのある一つの生き物だった。
私も感動しながら、その生き物の一部となって、そこに息づいていた。
最後は、一体となって活き活きと息づくみんなの雰囲気が私を乗せ、その乗った私の言葉に皆が乗り、互いに相手を引き出し合うポジティブ・フィードバックの空間となった。
終了後、ある受講者から「自由に座らせておいてグループを再編した意図」について聞かれた。
それは、自由に座らせると気の合う仲間同士になり、そこで安心するからだ。安心させておいてフェイントをかけたのである。実際その方は、会社が配置を決めているだろうという先入観でやってきて決まっていないことに驚き、ならばとメンバーを見回して座る島を決めたそうだ。ところが、再編させられて当てが外れ…と、研修が始まる前だけで二転三転したわけだ。
ACのひねた方々が(笑)、さらにバラバラにされて暗いコンディションからスタートした研修が、たった1日で、オープンで互いを遮らず、自由な一体感を共有する活き活きと息づく空間を創り上げた。
「奇跡」が起こったのだ!
その人は、「中尾マジック」と言われた。
人は、安心できる空間で自分を出す。
一人一人が自分を素直に出せば、こんなにもぬくもりと一体感のある空間を創り上げることが出来る。
互いに相手を力づけることの出来る組織を創り上げることが出来る。
変われることが、皆分かった。
「私も変われるかも知れない」−その人は言った。
後日、スタッフから御礼のメールをいただいた。
「中尾先生と、あの会場が一体化したときの空気…言葉ではうまく表現できないのですが、実は…鳥肌ものでした」
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