NEWS

【1996.04.30 TBS:特番】

 TBSの特番があった。
 7時から翌日退任を控えた現社長によるお詫びのメッセージがあり、その後20分から11時に至る延々3時間あまり、社内調査の事実経過を(疑惑の)2人のプロデューサーへのインタビューを核にノンフィクション仕立てでまとめていた。
 興味深い部分がいくつかあった。

 一つは、 TBSが日本テレビの報道に対して全面反論に至る経緯である。
「TBSが阪本弁護士へのインタビューVTRをオウムに見せた可能性がある」と、日本テレビが(オウムの)早川メモを基にワイドショーで報道した。
 これに対して、その夕 TBSが報道番組で、社内調査に基づき「見せていない」と強く反論したのである。

 反論報道の決定は幹部役員の会議である。
 役員全員が同じ情報の上に議論しているわけではない。
 全く情報を持たない役員もいれば、ある程度情報を持っている役員もいた。

 持っていない役員は、まず名誉で動く。
 他社にとやかく言われる筋合いはない、という感情が先にたっている。
 一方、情報を持っている役員とはいえ、その情報は社内調査の結果を聞いた程度でしかない。
 その調査の内容はと言えば、ごく限られた当事者(上記2名のプロデューサー)にヒアリングしたのみである。当事者達は、「見せた記憶がない」と言っているのみで、"記憶がない"のであるから、見せたか否かの事実は不明なのである。
 が、他社の言うことを信じるのか、自分の社の人間の言うことを信じるのか、と言う暴論まで飛び出し、一挙に"完璧な反論"をする方向へと走ってしまった。

 こういう、2項対立の構図になると、片方が駄目であるなら片方へ突っ走るしかないのである。
 かくして、「『記憶がない』と言っている」と報道するはずが、「(見せた)『事実はない』と言っている」にすりかえられてしまった。
  "早川メモ"という事実を基に推論を加えた日本テレビに対し、先ずそのメモを全く無視した上で、「○○が、こう言った」という調査(?)を基に全面否定したのであった。
 しかも、ワイドショーで取り上げられたものを、報道番組で否定するという念の入れようであった。



 恥をさらしたようなものだった。
 その第1は、日本テレビの提示した根拠を全く無視したことである。
 同じ土俵で議論することを避けたのみか、反論の根拠すらも自ら放棄してしまったのである。

 その第2は、人の言ったこと=記憶を根拠にしてしまったことである。
 その言った内容が事実か否か確認もせずに…まさに、そこが論点であるというのに。
 これは、明らかな責任転嫁である。

 結局、調査がいかにずさんであったかを証明したのみならず、事実を報道するというマスコミの大前提までもくつがえす結果に終わってしまった。



 その後、内部調査班は"早川メモ"の実在を確認。
 かすかな希望が粉微塵に打ち砕かれた後は、VTRとメモの照合を行い、そのメモがVTRを見た証拠であることを確認する。
 また、ここへ来てようやく調査の対象を2名のプロデューサー以外に広げ、事実調査を開始するのである。
 TBSは、一番最初に放棄したことを、ついにはやらざるを得なかった。…当り前の話であるが。



 もう一つ興味深かったのは、取材者と取材ソース(対象者)との距離の問題である。
 対象者から信頼を得、情報を得るために、取材者が対象者に近づくことはあることである。
 その場合の距離の保ち方が難しい。

 TBSの取材者の場合、的確な助言を与える上司がおらず、一人でオウムを任されていた。
 その彼は、オウムとの間で相互に利用し合う内、否、馴れ合っていく中で、オウムからうまく利用される関係になっていった。が、本人はそれに鈍感であった。

 上司が言ったからという無責任さと、部下をほったらかしにする無責任さと。

 現在のサラリーマン社会、ラインが崩れ、大事なものを失いかけている気がする。

 夜のニュースで、この番組を評して、あるゲストが言っていた。
「謝ってばかりいても何の意味もない。事実と責任とを明らかにする必要がある。」

 事実を把握することの難しさ、事実を押さえることの重要性を痛烈に感じた事件であった。

【戻る】





 TOP
OK?
組織改革
会議
コミュニケーション
講演
著作
メディア
NEWS
リンク
anatano@jiritusien.com
about
sitemap