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【1997.8〜12 朝日連載:気がつけばマリオネットA】

「組織犯罪」が問われた1997年、朝日新聞で、「気がつけばマリオネット」というシリーズがありました。その中から特に気になったものを当時ピックアップしたものです。
■自由の喜び「普通」の幸せ

 不動産関連会社元幹部
「会社と、厳密な正義感とで、当時の私は会社をとった。
 愛社精神と使命感、それに出世欲でマヒしたようなものだ。」

 取締役昇進も目前だった。
 が、バブル後、「工作」が耐えらないものに感じられた。

 ストレスがたまり酒に溺れ、1年ほどすると出社拒否症に。
 3ヵ月後職場復帰すると異動。
 ほどなく、辞表を提出した。



 元銀行マン
 1981年の入行直後から驚きの連続だった。
 毎週のようにイベントがあった。

 参加しないと翌日、上司から何度も「なぜ来なかった」と問いただされた。
 家で火事騒ぎがあった同僚でさえ欠席して怒られた。
 人と違った格好は認められない。

 会社は「思考停止」を求めた

世の中の常識は捨てろ。そのほうが楽だ
 これが忠告だった。

 問題だとわかっていたが、上司には「よくやった」とほめられた。
 人事評価で「特A」だった。

 10年目になると体力的にきつくなった。
 朝6時過ぎに家を出て、午前2時ころに帰宅する生活は体をむしばんだ。

「あと20年、こんな生活できるのか」
 残りの人生を考えた。

 自然と上司と衝突するようになり、納得できない融資に反対した。
 上司は目を丸くした。

何で決められたことに文句を言うんだ?

 異動が待っていた。
 個人用の机もない。
「窓際族にもなれないなあ」とあきれるしかなかった。
 93年、辞意を上司に告げた。

【会社とサティアン】

 カイシャが何かに似ていると思いませんか?
 そう、「サティアン」です。

佐木隆三-オウム裁判に何を見たか」の項で書いたオウムの組織構造を思い出してください。

「自分の居場所はここしかない」
「異なる価値観を入れないための外界との隔離」
「外界と隔離した閉鎖社会の中で、オウムの価値観を刷り込んでいく」
「脱走者に対しては必ず追っ手が放たれた」
「「序列付け」は、同じ方向を目指す者たちの間で、その達成度合に応じて細かく"カースト"を作ればよい」
「同じ方向を目指す者たちの集まりであるから、競争心をあおることはたやすい」

 自ら望んでその会社に入り、休日もイベントで縛る閉鎖社会の中で価値を刷り込まれ、解任した人間に監視がつき(前頁)…。

 いかがでしょうか。
 サティアンそっくりではないでしょうか。



 これらは全て、内部で競わせるための仕組みであり、競争をあおりたい組織は皆このような形態を取ります。

 会社がその存立目的を見失い、本末転倒のままに暴走し始めたとき、社会を食い物にする会社が現れました。
 そういう社会風土の中、その価値観を突出した形で体現したものとしてオウムが世に現れたわけです。
 
 「システムズアプローチ」の観点で言えば、オウムは社会の鏡です。
 官公庁、企業、学校、はては家庭までもが、既に“サティアン化”していたのです。
 そういう、社会に“サティアン”が蔓延した世情の中に、オウムは生まれたのだと思います。 

 脱カルトには、大変な時間とエネルギーが必要です。
 しかし、相互信頼の社会を築き上げるために、誰かがやらなければならないことです。

「会社人間」という“信者”の脱カルトも、社会が避けて通ることのできない課題だと思います。


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