| モラルがもはや地に落ち、組織の状態が既に第V期に突入していることを世に知らしめたのが、2001年の運転士の自殺事件だった。 87年に民営化され、安全から効率へと看板をかけ変えてから14年が経っている。 しかも、その効率化路線は91年の事故を持って国に黙認されてさらに加速したであろう―その年から10年である。 組織がモラルを失い始めて13年ほど経過すると犠牲者が出る。 そういう観点からすると、犠牲者が出てもおかしくない時期だった。 そして、ついに内部に犠牲者が出てしまった。 その運転士は20年ノーミスの模範的な運転士であった。 安全基準もしっかりと叩き込まれていた。人減らしの中、彼は単独乗務の際に、走って車両点検をした。褒められこそすれ、非難するところは見つけようがない立派な行為である。 しかし、その安全点検のために発車時刻が約五十秒遅れた。 待っていたのは、「日勤教育」という名の懲罰だった。 これが、「8」で述べたとおり、「時間厳守」が優先順位第1位のタブーであることの意味である。遅刻は理由を問わず無条件に“悪”なのだ。 そのタブーを犯した者は、徹底して懲罰する。 いかなる理由があっても犯してはならない絶対禁忌であることを身にしみさせる。 同時に、さらし者にすることによって、それが何人も犯すべからざるタブーであることを組織の者全員に知らしめる。 それが、懲罰の目的なのだ。 テレビで言っているいじめだの、再教育の中身が問題だの、前近代的だのという問題の段階ではない。 「日勤教育」は、タブー(絶対禁忌)を犯した者に対する懲罰と見せしめ以外の何者でもなかったのである。 そして、この運転士はタブーを教えるためには最適の対象者であった。 他のすべての運転士が模範とするような親子2代に渡る運転士である。 しかも、遅れた原因が「安全点検」である。 彼を罰することは、会社が安全よりもスピード(時刻)を優先することを知らしめるのに、厳守すべき第一の事項は「安全」ではなく「時刻」であることを知らしめるために、またとないスケープゴートだったのである。 |
| 【戻る】 |