| 以下は、新聞、テレビ、ネット上の情報を再構成して考察したものである。 1987年に国鉄が民営化されて10年後の1997年、JR東西線が開通した。この時、尼崎駅に進入する軌道が変更された。 それまでは、伊丹駅からほぼ直進できて、そのまま左にカーブして素直に尼崎駅に接続する軌道だった。が、変更後は尼崎駅手前で急に大きく右カーブを切り、次に大きく左カーブを切って尼崎駅に乗り入れるという不自然なS字カーブになった。 地図で見てもその不自然さが分るが、伊丹駅から現場までヘリコプターから映した映像を見て本当に不自然な感じがした。 2000年3月の地下鉄日比谷線脱線事故においてもS字カーブの問題がクローズアップされている。 S字カーブは、カーブにおける勾配のつけ方、その切り替えし、緩和曲線の確保など、脱線防止のために設計上の様々な注意が必要である上に、車両の長さや車重、速度など、運行上の注意も必要になってくる。 全てのパターンをカバーできる設計ができない以上、日常的に運転に注意を強いることになるわけで、基本的に作ってはならないカーブなのである。 にもかかわらずそれを作るということは、立地の制約の問題がある。制約があるということは、たとえば緩和曲線が十分に確保されないということにもつながる。 緩和曲線とは、直線からカーブに入る時に、いきなりその半径に突入しないで直線(=半径無限大)から徐々に半径を小さくしていく曲線のことである。 JR西日本は、わざわざ軌道を変えてまで基本的にやってはならないS字カーブを作った。 その結果、事故現場に「魔のカーブ」と言われるR300(半径300メートル)の急カーブが生まれることになった。 記事によると、「(現場のカーブで)揺れを強く感じ、不安を感じることがある。乗客が少ないと安定感がなく、運転には注意がいる」とある運転士が語ったそうである。ハイヒールの女性はよろけるという声もあったということだから、日常的に危険が存在し緊張(ストレス)を強いる場所だったことが分る。 工場勤務の人はわかると思うが、5Sの第一歩は不安全箇所の「改善」にある。 腰をかがめなければならない作業は、腰をかがめなくてよいように作業台の高さを変えたり、安全を確保するために動線(作業のために人が動く経路)を変えたりすることが基本だ。 その背景には、危険を放置しないということのほかに、危険に注意を向けるエネルギーを作業に集中してもらうという効率化の目的もある。 不安全箇所を放置したままにしておくというのは、毎日毎日それに注意をし続けなければいけないわけで、人間にとっては物凄いストレスである。ロボットでない限り注意が続くものではない。そして、忙しかったり疲れてうっかりした時に、事故を起こしてしまう。 不安全箇所の改善は、安心して仕事に打ち込んでもらうために工場が第一優先でやるべきことなのだ。 JR西日本は、全く逆のこと、つまり「改悪」をやってしまった。 わざわざ危険な軌道を作ってしまったこの1997年に、2005年の大事故の種がまかれたと言ってよい。 ではなぜ、世間の常識とは反対のことを、まして鉄道関係者の間では危険視されていることを、わざわざJR西日本はやってしまったのか。 |
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