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【1991-2005 JR西日本事件−尼崎脱線・転覆鉄道事故より俯瞰】

20、書かれた言葉が人をどのように規定するか

 さて、JR西日本は今後どのようにすればいいのだろうか。
 事件を繰り返さないためには、真因を突き止めそれを変える必要がある。
 では、真の原因とは何か。
 それは、最初の方で述べたが、“効率最優先というポリシー”である。

『すべてのルールや仕組み、人事評価に至るまで、システムはポリシーに則って作られていく』と先に書いたが、たとえば明治の国家体制も「五箇条のご誓文」に現されたポリシーに則って作られた。
 そのポリシーを変えない限り、それを基に作られたシステムは動き続けるのである。
 ここでは、文章で規定された言葉が、無意識の内に人をどのように規定してしまうのかについて触れておきたい。



 私は、会社にいた頃(もう7年位前のことだが)、長年使われていた管理職教育に使われる「人事管理マニュアル」の書き換えを提言したことがある。

 そのマニュアルは、「人事管理の担い手は管理者自身である」という一文から始まっていた。この一文がトップにくること、その書き出し方がとても気になったのである。
 どう気になったのか。
 私は次の2つの気になるポイントを挙げた。

 1つは、“担い手は管理者”という意識がトップにおどりでているため、無意識のうちに制度は先にありきと刷り込まれてしまう可能性があることだ。つまり、制度が与件(初めから与えられ変えられないもの)としてとらえられてしまうのである。

 すべからく制度というものは、目標(ビジョン)を効果的に達成するために作られるものである(その奥にポリシーがあるが)。そのため、当然ながらビジョンが変われば制度(仕組み)も変わっていくのだが、その関係が認識されていないと、変化の時代にあっても硬直した制度が存続し続けることになる。制度は変わりうるという認識を示すことも必要である。

 2つめは上記に関わるが、制度の背景となるビジョンについての概念が抜け落ちていることにより、会社が向かうべきビジョンについての関心が喚起されないということである。その結果、日常業務を通じて管理職の中にビジョン達成もしくは構築のための洞察が生まれてこない。
 自社のビジョンは何か、それを常に意識する中から、自社の製品が見直されアイディアが収束されてくるのだが、それがないため、変化の時代にあっては皆が目標を見失ってさまよう可能性がある。

 そこで、書き出しにポリシー、企業理念、経営ビジョンについての記載を持ってくることを提言した。自明のことと思うかもしれないが、やはり言われてみて“ああ、そうか”と気が付くことはよくあることである。
 柔らか頭にするためには、心理学的に言えば、「パーミッション(許可)」を与えておくことが必要なのだ。

(続く)

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