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【1991-2005 JR西日本事件−尼崎脱線・転覆鉄道事故より俯瞰】

23、人を追い込むドライバー

 前のページは、こみ上げてきた気持ちを吐き出すために書いた。ネット上に置くのは不適切かもしれないが、冷静になるためには気持ちを吐き出すことが大事だと言うことを示す意味でそのまま掲載しておこうと思う。

 気持ちとはこみ上げてくるものであって、それを押しとどめることはできない。生まれてくる気持ちに罪はない。その生まれてきたものは、どこかで吐き出さないと冷静になれない。
 いわば、感情は人の中に生まれてくるエントロピーだ。エントロピーは系外に排出されないと、いずれその系は死に至る。
 そう考えると、自分の気持ちを押し込められ、その上管理者の感情を受け入れざるを得ない「日勤教育」が、いかに人にとって過酷なものかが分ると思う。



 高見運転士について書いておきたい。
 中学のバスケ部顧問は、「まじめで責任感がある彼の姿と、あの事故とがどうしても結びつかない」と述べている。
 高校3年間の成績はトップクラス。私も、高卒の採用で飛び回ったことがあるので分るが、校内選考で選ばれて大企業のJR西日本に入るのであるから、人間的にもしっかりした人物であることが伺える。
 見習い時代に教官役を務めた運転士は、「しっかりしていて、運転技術も標準的だった。いくら焦っても、制限速度を超えて運転するようなタイプには思えなかった」と言っている。



 そして、本日5月3日のテレビで、また新たな事実を知った。
 伊丹駅で既に30秒遅れであったらしい。30秒くらいの遅れは、いろんな要因で起こり得るだろう。しかし、その次に待っているのは、「絶対駅」尼崎駅である。

 「絶対駅」に遅れるということは「日勤教育」行きを意味する。高見運転士の脳裏には、伊丹駅に入る前からあの13日間の恐怖があったのではないだろうか。
 トラウマを受けた心理は、ただ一目散にゴールである「絶対駅」を目指した。
 その急ぐ気持ちがオーバーランしてしまった理由だったのかもしれない。



 ある運転士がインタビューで、オーバーランは日常茶飯事のようなことを言っていた。ここで運転士の「促成栽培」についての論評がなされており、確かにそれにも問題があると思われるが、私は運転士のコメントを聞いていて、技術的な問題よりもむしろ心理的なドライバーの方が気になった。つまり、若手だけがオーバーランのミスを犯しているわけではないと言うことだ。

 ドライバーとは、TA(交流分析)用語で、人を駆り立てるもの、という意味だ。
「完全であれ」「努力せよ」「急げ」「喜ばせろ」「強くあれ」という5つのドライバーがよく知られているものである。特に日本においては最初の3つが強いのではないかと思う。



 過密なダイヤで「定刻運行」させること。
「乗降客が多いために列車が遅れております」というアナウンスはよく聞くところであるが、客が多くて乗降時間がかかったために遅れる―そのこと自体が、今思えば既に異常である。
 時間に遊びが全くない。いわばアクシデントを想定せず、常に完璧を求めざるを得ないダイヤであるわけだ。

 ホームで早く乗れ、とアナウンスに急かされるのも、なるほど異常な過密ダイヤを定刻運行させるためにあったんだと、改めて認識される。定刻運行に協力することを客にも強制しているのである。後ろからバタバタと押されて社内の心理的環境が悪くなるのもおかまいなしだ。



 その過密ダイヤの中で、特に「定刻運行」の締め付けが厳しいJR西日本。
 先に書いたように“過密”で“定刻”となれば、「急げ」ということだ。
 すべての運転士に「急げ、急げ」というドライバーが常にかかっていたことは間違いない。

 その「急げ」というドライバーが、スピードを上げさせ、ブレーキを踏むタイミングをわずかに遅らせ、結果的にオーバーランにつながる―それが、JR西日本のオーバーランの多さなのではないかと思う。

 繰り返し書くが、私は人の能力にさほどの差はないと思っている。
 3倍以上ものミスの差となって現れるのは、そこに心理的要因が働いているとしか思えない。

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