NEWS

【1991-2005 JR西日本事件−尼崎脱線・転覆鉄道事故より俯瞰】

29、「自縛」から解放されるために

 JR西は、「スピード」というポリシーを掲げました。
 そして、すべてのシステム、運行計画から人事制度、教育制度に至るまで、そのポリシー実現のために作られました。
 組織とは、そういうものなのです。
 一旦掲げられたポリシーに沿って仕組みが作られていくのです。

 このとき、JR西が足を踏み外してしまったのは、どのような組織であれタブー(絶対禁忌)の位置から引きずり下ろしてはいけないもの―「安全」―を押しのけ、そのタブーの位置に「スピード」を置いたことでした。

 「スピード」がJR西日本という組織集団の“神”となったのです。
 スピードに抵触する「遅刻」は、神からどんな罰を受けてもしようがない問答無用の絶対禁忌となりました。「定刻運行」は戒律となり、社長を含めた全社員を縛りました。

 JR西日本は「スピード」という神を掲げた巨大なサティアンとなってしまったのです。



 同地区で競合する私鉄は、「安全」をタブーの座からおろさなかったのでしょう。「安全」に最終的にピントが合っていれば、たとえば次のように物事は展開します。

「A自動車会社が“安全”というポリシーを掲げていたとしよう。そのA社が『安全な小型車』というコンセプトで自動車を作るとする。設計する時には、速さ、重量、デザイン、居住性などさまざまな条件をクリアすることが要求されるよね。他社との競争に勝つためにはどれも妥協できないから、結局各セクションが角を突き合わせて身動きが取れなくなる。
 こういうときに決定打を握るのがポリシーなのさ。

 A社は“安全”をポリシーに掲げているから、それが第一優先となってたとえば重量が犠牲になる。だけど、逆にそこまでせめぎ合って決定するからこそ、『我が社は安全に絶対の自信がある』と、自信を持って他社との差異化を図れるわけだ。」
(「あきらめの壁をぶち破った人々」より)



 つまり、安全を守るために硬度を保ち車重が重くなってその分燃費が悪くなる、など、どこか妥協をする部分が出てきます。しかし、安全に関しては決して妥協しない、そういう意識が全社に行き渡っているからこそ、最後は判断に迷わず決定できるわけです。

 上記の文を「安全」を「スピード」に置き換えて読むと、スピードが第一優先となって、車両の硬度やダイヤの過密化など「安全」が犠牲になったことがよくわかると思います。

 しかし、「スピード」を追求し続けたJRを私たちは支持しました。
 組織が間違った選択をする時、そこには、それを是とする社会状況があります。
 私たち一人ひとりの行動が問われているわけです。



 JR西日本が、先ずやらなければならない事は、ポリシーを「スピード」から「安全」に書き換えることです。安全をタブーの位置に戻すことです。
 社是や社訓があるのならば、その第一に「安全」をもってくることです。

 また、社員に配布した今年の目標(戒律をしるした紙)を「収益拡大」「儲けの増大」から、「安全第一」「安心の運行」に変えることです。
 ポリシーを変えることを「宣言」し、それを「記載」し、全員に配布する。
 先ず、そこから始まります。
 逆にそこが変わらなければ、体制は変わりません。



 この時に同時にやらなくてはならない事は、現在の役員や関連組織の責任者の総退陣です。なぜなら、人の意識というものはそう簡単には変わらないからです。
 サティアンからの脱カルトは、そう簡単にできるものではありません。時間がかかります。

 問題解決のために人を選任で置くこと、また、問題を起こした責任者を退陣させること。

 この2つが、「組織が行動する」ことなのです。
 それ以外のことは、行動したことにはなりません。
 問題解決するといいながら兼務で人を置いたり、謝罪を口では述べながら責任者をそのまま遇していたり…これらは、組織が行動したことにはならないのです。そして、実際にならないからこそ、こうして繰り返し犠牲者を出し続けることになります。

 今、変わろうとしている三菱自も、かつてはそうでした。
 今、トラブルが頻発している日航もまた、1982年の逆噴射事件以降、もしかすると体質が変わっていないのかなと思ったりします。利用者にできることは、身の安全を守るために利用を避けることです。

 JR西日本には、新しいポリシーと新しい経営陣を示してほしいと思います。

【戻る】





 TOP
OK?
組織改革
会議
コミュニケーション
講演
著作
メディア
NEWS
リンク
anatano@jiritusien.com
about
sitemap


戻る
続きへ