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【1991-2005 JR西日本事件−尼崎脱線・転覆鉄道事故より俯瞰】

9、1991年の信楽高原鉄道事故(第U期末期)

 信楽高原鉄道の列車とJR西日本の列車が正面衝突したこの事故の原因は、信号トラブルにあった。その信号は、草津線から乗り入れるJR列車の到着が遅れた場合に下りを優先するために、上り信号を赤にし続けるというものである。
 信楽高原鉄道にある信号であるにもかかわらず、その操作権はJR西日本が握っていた。地域を無視した、なんとも尊大な傲慢さを感じる信号である。

 国鉄民営化後わずか4年後にして大事故が起こったことを、国は真摯に受け止めるべきだった。民営化の悪しき側面が象徴的に現れているからだ。
 民営化するということは、利益のために効率を求めるということだ。

 信楽高原鉄道は民営化により不採算部門として切り離されたために、地方自治体が運営を肩代わりした鉄道だ。JR西日本はそこを切り離した上に、自らの効率を高めるために切り離した鉄道に不合理を押しつけたのである。



 この時は、信楽高原鉄道社員ら三人が業務上過失致死傷などの罪に問われ有罪判決を受けたが、なぜJR西日本に対して厳しい処罰をしなかったのか。
 「エスカレートする理由」でも書いたが、最初が肝心なのである。

 これでお咎めなしになったことは、JR西日本が安全よりも効率を優先することを裁判所自体が後押ししたに等しいのである。

JR西日本が安全を無視した軌道に変えることを認めたのは、役所の無作為の罪であった。
信楽高原鉄道事故でJR西日本の罪を問わなかったのは、裁判所の無作為の罪である。

役所がJR西日本が安全よりも効率を優先することを促進させるイネイブラーとなったように、裁判所もまた地方切捨てと安全よりも効率を優先することを促進させるイネイブラーとなったのである。



 さて、トラブルや事故から何にどう気づくか、人間の真の英知が試されている。
 この事故は、JR西日本が民営化後わずか4年にして第U期に突入していたことを示す事故であった。この時、身を正していればその後の事故は起こらなかったであろう。そして、信頼ある鉄道として絶大なる信用(ブランド)を獲得していたはずだ。

 しかし、この時に相手のせいにして一切の非を認めなかったために、その体質は一挙にモラルゼロ地点にまで落ちてしまった。
 この後、JR西日本はモラルが地に落ちた中で日常を過ごすことになる。
 そして、組織のモラルが地に落ちていることを示す事件が発生する。



 ところで、信楽高原鉄道事故の遺族が尼崎の転覆事故に関して、「企業体質は、信楽事故当時と何も変わっていない」とJR西日本を批判したのは冒頭に見たとおりであるが、変わっていないのではなく、それが正しいと信じて今もまだまい進しているのである。

 しかし、それは山一や三菱自のように自滅への道である。
 このままその路線を突っ走ると危険だということを示す社会に向けての最初のサインが、この91年の事故であったのだと思う。


詳しくは、「会社自滅のシナリオ」へ
詳しくは「moral(モラル)と morale(モラール)」へ


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