| ●自分の頭で考え行動する自律した人間 幕末というパラダイム大転換の時代、皆自分が正しいと主張しあって譲らない混乱の渦中にありました。そういう時勢にあって竜馬は自分の頭で考え続けました。自分の人生を人に預けようとはしませんでした。とことん自分で考え続け、誤解されようが、友人達と分かれることになろうが、自分の信ずる道を歩き続けたのです。 彼は自分の頭で考え続け、そして思ったことを行動しました。その組織や派閥にとらわれない彼の単刀直入で自由な行動が、やがては日本という組織を一つにまとめあげていく大きな原動力になります。 ●龍馬を突き動かした静かなる怒り 彼が現実の様々な壁をもろともせず、大ぼらふきといわれながらも、決してくじけることなく突き進むことができたのはなぜか。それは、平等な社会の実現という夢が、単なる夢ではなかったからです。 その裏に潜むのは身分社会に対する激烈な怒りでした。切り捨て御免される者の悔しさ、それが当然のようにまかり通る社会への怒り。このいびつな社会を変えなければならない―その一念が終生彼を突き動かしたのだと思います。彼を夢に向かって突き動かしたのは、腹の底に溜めた社会システムに対する静かなる怒りだったのだと思います。 ●極めて現実的なプラグマティスト そのなさねばならぬ夢の前には、藩や幕府でさえも、その夢を実現するための道具でしかありませんでした。実現の暁には、その藩や幕府という旧権力はなくなってしまいます。彼はきわめて現実的に道具を利用したのです。 ●改革の伝道師(啓蒙家)でありコーディネータ 彼は、出会う人出会う人に夢を語り啓蒙活動をしました。情報を持っている人間のところにはどんどん押しかけ勉強しネットワークを作ります。彼は日本全国にまたがるコーディネーターでした。 ●日本初の“日本人” 彼があらゆる組織の間を縦横に動くことができたのは、彼がどこの組織にも属さない脱藩者だったからです。 彼は、脱藩することにより、先ず自らを旧来の組織の枠組みから解き放ちました。それは、身内の犠牲も伴い、また庇護も保護もない過酷な自由の中に身をおくことでしたが、彼はそれを選びました。そして、どこの藩士でもない“日本人”になったのです。 ●システムを憎んで人を憎まず けれども、1人では何もできません。が、彼は驚くほど短期間に様々な人間と知り合っていきます。 その礎の一つは、剣の全国大会でした。彼はそのような場さえ、出会いの場に変えていったのだと思います。 彼にとってすべての“場”は、社会システムを変えるための人脈作りの場だったのでしょう。システムを変えるために、敵も味方もない皆で力を合わせようと言うのが彼の言い続けたことです。が、人はそのシステムに縛られています。その枠組みから離れた考え方をなかなかできるものではありません。そこで、そのシステムを越えた夢を話し続けたのです。 ●人好き=自己開示から入る強さとやさしさ しかし、彼が排他的な人間であったら、敬遠されるのみであったでしょう。が、彼は基本的に人間を信じています。だから、人を信じて自分をさらけ出すことができます。敵も味方もない、彼の自己開示の前に多くの人は引きつけられ、そして時間をかけずに人の心をつかむことができたのです。 ■私を支えた言葉 私がこのように龍馬を知ったのは、1999年5月漫画「おーい!竜馬」を読んでから。当時私は、組織改革の前哨戦。水面下で孤独な戦いを挑んでいました。私がそこに至る過去15年の会社での行動が龍馬の行動とダブりました。 それまでも、彼の次の言葉が私を支えていました。 「世の中の人は何とも言わば言え。わが成すことは我のみぞ知る」 そして、「おーい!竜馬」を読んで、ますます龍馬が好きになりました。 |