| ある意味完璧主義のM課長は、人事という立場もあって「後ろ指を指されない」ことに心を砕きました。そして、部下が持ってくる企画や案内文のてにおはに至るまで、細かくチェック。 必ず、赤字だらけにしてつき返すことが職務であり、育成であると考えていました。 その課長の下で3年育てられたC君は、ある時に新しい仕事を付加されようとして「とんでもない。僕には出来ません」と逃げてしまいました。 3年間懇切丁寧に育てたはずなのに、これは一体どうしたことでしょう‥。 |
歩き始めたばかりの幼児がいるとします。心許ない歩みに親は不安のあまり、後ろからあれこれ声をかけて注意を促します。 始終これをやられていると、幼児の全神経は後ろから飛んでくる声に向けられるようになります。 まるで、遠隔操作で動かされているようなものです。自分の思いや判断で動いていません。そのため、その行動は自分の“身”にならないのです。 ロボットとしての行動は、経験として蓄積されません。 次に、そっちに行こうとすると「石ころがある」と言われ、こっちに行こうとすると「溝があるから気をつけろ」と言われる。 自分の判断を常に修正されるということは、言い換えれば「お前の判断ではダメだ」と言われ続けているようなものです。これでは、自信がつくはずもありません。 最後に、これほど注意を受けるからには、「恐らく、転ぶ(失敗する)ということは、とんでもなく大変なことなんだろう」と思うようになります。転ぶ前から、転ぶこと自体を恐怖するようになるわけです。 |
| こうして、いつまでたっても経験が身につかず、自信が持てず、ミスを恐れる人間が創り出されたのでした。 課長の完璧主義が、ミスをしないよう指示とおりに動く指示待ち人間を創ったのです。 課長の思うとおりに育ったのでした。 |